プロパイロットは日産が提案するクルマの新しい楽しみ方

宮本 喜一

 日産自動車が昨年夏に発売を開始した新型「セレナ」には、新しい技術、同一車線自動運転技術「プロパイロット」が搭載されていた。この機能がドライバーにもたらしてくれるものは何か。
 “自動運転”という表現から、クルマそのものがドライバーに代わって運転をしてくれると期待する向きもあるようだ。そこまでいかなくても、クルマが究極的には自動化に向かうその技術の一環だと捉える人たちはたくさんいるだろう。実は、同社のこの技術発表時、筆者もそうした人たちのひとりだった。
 ところがセレナに試乗してみて、その考えは必ずしもあたっていないのではと思うようになった。というのも、このプロパイロットは、数ある自動運転技術のひとつの形と捉えるよりも、“現時点”でという条件は付ける必要があるものの、多人数を乗せることが想定されているファミリーカーをこれまでにない“ファミリーカー”たらしめる強力な日産の武器だと解釈する方がわかりやすいのではないか、と思い始めたからだ。

■プロパイロットが予防安全装備の概念に一石を投じている

 実は昨年10月24日、セレナを生産している日産自動車九州(株)(福岡県苅田町)から福岡市内のホテルまで約130キロの行程を試乗する機会を与えられた。うち高速道路が約100キロ、平日の午後、交通量もそれほど多くなく、ステアリングを握って(というより“手を添えて”のほうが正確な表現か?)すぐに感じたのは、スムーズに走行車線を進んでいく心地よさと同時に、なんとなく感じてしまう違和感だった。その理由は乗り始めて10分ほどでわかった。違和感を持ったのは、日産がプログラムしたプロパイロットが覚えている、走行ラインつまり走行車線の真ん中を忠実に守ろうとする動きが、自分自身に染みついている我流の走行ラインと必ずしも一致していないからだった。普段自分は、走行車線の中央を走るように操舵していると意識するにしろしないにしろ、信じている。運転免許を取って以来、自分の運転はそれなりに正しい、と自信を持って(?)ステアリングを握り続け、そこで「お前のライントレースは真ん中からはずれている」という指導・アドバイスを受けた経験のある人はほとんどいないだろう。カーブを曲がるときの操舵とアクセル・ブレーキワークについても同じだ。

■われわれには機械を信用しない習性があるのかもしれない

 プロパイロットの動作をONにしてステアリングに手を添え「セレナは走行車線を正しく走っているだろうか」と思いながら、無意識のうちに、自分の中にできあがってしまっている“正しい運転”と比較対比してしまっている。つまりクルマに運転を任せようとしながら、クルマを信用してはいけないのだ。
 確かに、人間に“完全・完璧”な機械がつくれるわけではない。完全でないと思われる機械を信用しないのは無理もない。当然だ。
 だから、この発想を変えよう。危険を感じるようなときは別として、ここは信用して任せてみよう、筆者はそう考えて、プロパイロットの動作中、視線を路面に落とすことをやめ、先行しているクルマのドライバーの後頭部に視線を定めてみた。つまり、“比較”をやめたのだ。

■プロパイロットが見せてくれるファミリーカーの新しい世界

 そうすると、それまでとはまるで違った景色が見えてきた。「なるほど、走行ではこういうライン取りをするのか、加速減速はこうした方がいいのか・・・」と素直に(?)思い始めると、気持ちが非常に楽になった。
 日本商品企画部・リージョナルプロダクトマネージャーの遠藤智美はこんな風に言ってくれた「プロパイロットというのは、コ・ドライバーなんですよ」。つまり、ドライバーの運転を助けてくれる機能、ということなのだろう。「ドライバーのストレスを解消したいんです。ファミリーカーを運転するお父さんの責任は大きくて、つまり目的地まで家族を安全にそして楽しく運ばなければならない。クルマの中では自分も一緒に楽しみたいけど、どうしても家族のために走る時間帯が限られるとある意味必然的に渋滞にも巻き込まれてしまう」。クルマを安全に走らせるだけではなく、このプロパイロットには、そうしたファミリーカーを走らせるドライバーの悩みを解消する役割が与えられている のだ。

■日産の最量販ファミリーカーだからこそ、のプロパイロット

 この視点から考えると、日産が、業界の常としては付加価値の高いトップラインの製品から導入する先端技術を、あえて量販価格帯に位置する「ファミリーカー」に、いの一番に搭載した目的が見えてくる。同社に言わせれば、「ファミリーカーだから、プロパイロット」なのだ。

■これをユーザー側から考えてみよう。

 自動運転技術を含む安全技術に対してわれわれは「完全である」ことを求めてしまう。言い換えれば、運転を万一間違えたとき、クルマの側に安全を確保して“もらう”ことを期待してしまうものだ。だから、安全でないことの不満をもらす。ところが、このプロパイロットは大変失礼ながら、まだ運転の補助装置であり、完成してはいない。でもそれでいい。プロパイロットに運転を代わって“もらう”のではなく、プロパイロットにプログラムされた日産の考える運転の方法を教わりながら、そこに自分の運転の想像力を加えて、遠藤の言うように、クルマに居るコ・ドライバーと一緒に自分流の新しい運転を楽しむ。そうなると、そこではドライバーの智恵も必要になる。クルマの側に知恵を使って“もらう”のではなく、プロパイロットを“操りながら、クルマを使いこなす”のだ。そのプロセスの中で、自分を信頼してくれている家族をストレスなく運ぶ、そんな運転を楽しむ。そこには従来にはなかったファミリーカーの姿が見えてくるような気がしてならない。ドライブとは、ドライバーとマシン(クルマ)の楽しい共同作業という、ある意味で当然の定義を、このセレナは教えてくれている。
 プロパイロットは、ファミリーカーの分野における“日産の強力な武器”と主張する理由はここにある。安全技術の世界で、日産の次の武器範囲は何か?期待したいと思う。
報告:宮本喜一


最終更新日:2017/02/01