メーカーコンフィデンシャル
佐藤琢磨 インディ500優勝記者会見
この「日本人初!」はとてつもなく価値がある。

 記者会見の場となったホンダウエルカムプラザ青山。中央の画面に今年のインディ500の最終場面が映される。残り5周、佐藤琢磨選手の26号車がトップのカストロネベスのマシンを抜く。カストロネベスは必至で琢磨を抜こうとするが抜けない! そしてそのままゴール。モナコGP、ル・マン24時間と並ぶ世界の3大レースに日本人の名前が初めて刻まれた瞬間だ。興奮でアナウンサーの声はかすれていた。

  「ほんとうにやりました。うれしいです!」

 佐藤琢磨は凱旋記者会見の冒頭で、素直にそう言った。続けて、スタッフや関係者、そしてファンへの感謝。あとは自分の簡単な略歴とインディ500にかける情熱や優勝レースの報告だ。原稿を見ることなく、多少興奮気味にしかし淡々と約16分間話した。ついでに言うと、彼は海外の記者会見はほぼ完璧な英語でこなす。グローバルレーサーの条件かもしれない。

 1998年、鈴鹿レーシングスクールと中谷塾をトップの成績で卒業。その後、英国に渡りF3チャンピオンを獲得、2002年からはF1の世界へ。2010年に渡米、インディカーに挑戦。2012年にはインディ500でトップのマシンを追い越そうとして白線に乗りスピン! あと一歩のところで夢は遠のいた……。

 その5年後の快挙だ。500マイル(800キロ)走って0.2011秒差の勝利。

 「凄いですよね」とCSの実況中継でキャスターを務めた、隣の松田秀志氏に言うと、

 「いや、そんなことないですよ。インディカーではよくあることです」

 確かに。クラッシュなどでイエローフラッグが出ると追い越し禁止になる。わりと簡単にイエローは出る。レッドフラッグも含めて今回は11回もこれがあった。だから大きくリードしていても安心できない。ピットインも含めて慎重な対応が必要だ。そういった意味では、F1よりもコンペティティブだろう。

そうか、レーサーってこんなにアタマ使ってるんだ!

 「なぜ最後の5周でトップに立ったか? 逃げ切るのはむつかしいですよ。先頭のマシンは空力的に不利になるからです。エアロの影響が大きい。後ろに入ったドライバーはスリップストリームを利用して最終的には追越しやすい。しかし、ぼくには精緻な計算がありました。残り3周、2周、1周で仕掛けられた場合の対応を、頭の中で考え尽くしました」

 質疑応答──。

「お金のためだけにやっているわけではないけど、賞金(約2億7000万円)に対するモティベーションは高いですよ。リスクの対価として。ステータスとしてだけでなく高額の賞金が得られるのは子供たちの夢にもつながると思います。ぼくの取り分は契約で決まっています。全部もらえるわけじゃない。いろいろ使って残ったら貯金します」

 「残り5周、マックス・チルトン(ホンダ)を抜こうと思えば抜けた。しかし、抜いても確実に抜き返される。向こうの方がダウンフォースはいい。それにチルトンは少しコワイ。どうしようかなあと思っているところにエリオ・カストロネベス(シボレー)が来た。エリオはもっとも信頼できるライバルです。だから、エリオを先に行かせてぼくはそのラインをトレースした」

 これらの答えの質問者は自らにインディ挑戦したこともある松田秀志氏である。

  「常に滑っている状態です。インディの場合50km/hを越えれば内輪差というのはありません。ハンドルを切ればそれが抵抗になる。フロントとリアのタイヤのスリップアングルのバランスがむつかしい。F1でスピードには慣れていると思っていましたが、最初にそばで見たらコワイと思いました」

 「ストレートから第一コーナーへの侵入時にはアクセルを閉じます。全閉にはしませんが。ブレーキは踏まないですね。速度は370〜380km/hくらい、そこでのボトムスピードは340km/hくらいです」

 これは50年ほど前にアンドレティ・レーシングスクールに入学したことのある津々見友彦氏の質問への答え。ちなみに、今年、佐藤選手はアンドレッティ・オートスポーツに移籍した。

 今回の記者会見を盛り上げたのは、佐藤選手の人柄とこうした質問の質の高さだ。次の目標はシリーズ・チャンピオン。ただし、それは必ずしも易しい道ではないと佐藤選手自身が語る。全17戦で争われるインディカー・シリーズはいまちょうど真ん中。しかし、これからホンダが有利な戦場は「ポコノ」くらいしかないと言う。それでもチャンピオンを目指す。インディ500優勝者の宿命かもしれない。

 

報告:神谷龍彦

写真:飯塚昭三 汲田龍一 ホンダ

 

ホンダウエルカムプラザ青山で行われた101回インディ500優勝記者会見。佐藤選手はインテリジェンスが高い。人柄も良さそうだ。全体的に好感の持てる記者会見だった。

レース直後のインディアナポリス・モーター・スピードウエイ。ル・マンなどと一緒でレース後のサーキットには人があふれる。観客は35万人。優勝者は一挙に注目の的。急に忙しくなる。

チームの面々と記念撮影。マシンのセッティング、仕上げ、他車の状況などまさにチームワーク。言うまでもないことだが、彼らの協力なしで勝利はない。それにしても大きなトロフィー。

八郷・ホンダ社長からNSXのプラスチックモデルを手渡される。もちろんプレゼントは本物のクルマ。インディ500の賞品、ペースカー仕様のコルベットは一応コレクションにするとか。

ホンダのV6型2.2Lツインターボエンジン。最高回転数は1万2000rpm。燃料はエタノール85%&ガソリン15%。シボレーのエンジンもある。シャシーはダラーラのワンメイク。

佐藤選手の着ていたユニフォーム。RUOFFというのはルー・オフ・ホーム・モーゲージという住宅金融企業。正式スポンサーに決まったのはレース1週間前。優勝チームとしては安かったかも。

 

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