パサートの計器盤

宮本 喜一

 ほれぼれする計器盤がある。ちょっと大げさに言えば、その前にはいつまでもたたずんでいたいと思う名画のように、その計器盤を何時間でもながめていたいと思う。それはちょうど二年前に発売されたVWパサートの計器盤だ。

 もちろん、計器盤というのは、速度計、回転計、水温計、燃料計を基本に各種警告灯が並んでいれば、要求される機能は果たせる。しかし、このパサートの計器盤はちょっと違うのだ。具体的に書こう。

 イグニッションオフのとき、メーターの指針がすべて同じ角度で並んでいる。言い換えれば指針の原点が同じ位置にある、ということだ。整然としている。しかも四つの円があるべき位置にきちんと並んでいる。実に美しい。まるで、このパサートというハードウェアの精密さを、精緻さを、静かに伝えてくれているかのようだ。

 さらに目を凝らすと、数字の刻み方にも設計者・デザイナーの意図が強烈に感じられる。つまり、原点=数字の0がどれも円の同じ位置に刻まれている(水温計は0ではなく50から始まっている)。さらに最高値の数字も(左から回転計では80、水温計は130、燃料計は1/1、そして速度計は260)すべて同じ位置にあるのだ。時計にたとえれば、原点はほぼ8時、最高値はほぼ4時の位置になる。実に気持ちがよい。

 パサートの速度計の魅力はまだある。速度計の100(キロ)が、時計の12時の位置に刻んであるのだ。つまり、8時から12時までのスペースに100キロ分。ところが同じスペースである12から4時までに160キロ分の数字が刻んであることになる。100キロまでの低速での速度増加/減少と、高速でのそれとは、たとえば同じ10キロでも全く意味が違う。人間の感覚が対数的であることを踏まえ、物体の移動エネルギーを見据えつつ、それをメーターの視認性、機能性にうまく反映し、ハードウェアから発信されている情報をドライバーに的確に伝えようという設計者の意図が、ここに明確に見て取れる。ちなみに、この12時の位置に“100”を刻む速度計は、初代アウディA4が最初に採用し、以来アウディ、ワーゲンのすべてのモデルに展開されてきたと私は理解している。(ただ、蛇足ながら、最近リリースされたアウディのモデルではこの速度計のデザインが変更されてしまった。個人的には非常に残念だ。)

 燃料計もまた美しい。0 1/4 1/2 3/4 1/1が等間隔に並んでいる。燃料計に円の全周を使い、しかも3/4、1/4といった数字を刻むことで、この燃料計が正確にタンクの燃料の量を伝えていることがわかる。つまり、燃料計が精確なだけではなく、この計器の指針表示に至る計測デバイスもまた、精確であるということだ。同じことは水温計についても言える。(ちなみに、各種警告灯の計器への“埋め込み方”も見事だと思う。ぜひ、実車でご確認を)
セダンを運転する一般のドライバーにとって、これだけ魅力的な計器盤は珍しいのではないか。見やすく、デザインが美しいだけではない、計器盤そのものが、ドライバーに語りかけてくる。それも、いわゆる高級車やスポーツカーの華やかな雰囲気とは違って、一見あたりまえの計器配列の中に、大げさに言えば、設計者の哲学が感じられるといえば言い過ぎだろうか。それがセダンであるだけに嬉しくなる。

 「パサートとはこんなクルマだ、こんな風に乗ってほしい」、と設計者が語りかけてくるようだ。見事な製品とは、製作者と使用者が会話をするメディアである、ということを教えられる。だからこそ、何時間でもドライバーズシートに座っていたいのだ、それもエンジンをかけないで、そして設計者に敬意を込めて。

 パサートは、私に自動車にとってのそしてユーザーにとっての「高級」という意味を、改めて考えさせてくれている。


最終更新日:2010/04/16