「消費者利益優先」で衝撃デビューした初代、そして新型アルト

宮本 喜一

 1月14日、東京近郊で新型アルトの試乗会が開催された。そこで感じたことを書いてみたい。
アルトはスズキの智恵のかたまりだ。ものづくりの智恵、エコの智恵、CS(顧客満足度)を最大にする智恵などなど。なかでもその真骨頂は、いかに販売価格を消費者の財布にとってやさしいものにするか、という智恵だ。1979年にスズキはこの智恵によって、アルトという“超”低価格=47万円の軽自動車を生み出した。
 
 理屈はこうだ。当時乗用車には物品税がかかっていた。2000ccまでの5ナンバーの小型車は工場出荷価格に対して18.5パーセント、軽自動車は15.5パーセントだった。この金額は、末端の価格にすると1割近いものになる。ということは、物品税がかからなければ、黙って販売価格が1割近く下げられることになる。当時スズキが販売していた550ccの軽自動車はたとえば65万円。トヨタのカローラは90万円あまり。ところが、トラックやバスと同様、軽のボンネットバンには物品税がかけられていなかった。つまり非課税だった。スズキはここに目をつけた。乗用車なら課税される、しかし、ボンネットバンつまり貨客兼用車にすれば非課税になるのなら、使用者への利益を考えれば、乗用車と遜色なく使えるボンネットバンを開発すればよい。もちろん徹底的にコストダウンを図る。47万円という販売価格が実現した裏には、こんな発想が隠されていた。アルトが市場で爆発的に受け入れられたのも当然だろう。革新的な低価格にもかかわらず、その価格を上回る軽自動車としての価値を、消費者が認めたのだ。
 
 物品税を回避してできるだけその物品税分を製品そのものの性能品質に投入するという発想の製品開発は、当時、エレクトロニクスの業界でも存在していた。それはソニーが開発した“プロフィール”というネーミングのモニターテレビだった。それまでのテレビは木製キャビネットの猫足デラックス版というのが通り相場だった。ソニーはチューナーやスピーカーがついていないブラウン管だけの“モニターテレビ”(いわば裸のテレビ)には物品税がかからないことに着目し、いわゆるコンポーネントのテレビシステムを開発した。家庭用ビデオと接続してよりよい画像を映し出すという消費者の要求にもぴたりと一致、これも高額商品にもかかわらず業界でブームとなった。ちなみに、当時の家庭用ビデオの価格は25万から30万円だった。
 
スズキが目をつけた物品税は、80年代になって当局が5.5パーセント課税に改めるほど、世の中を動かした。アルトの誕生はそれほど衝撃的だったのだ。消費者の利益を常に優先する姿勢はこのアルトからますます鮮明になり、以来今のアルトにもその伝統は受け継がれている。
 
 もちろん現在は、当時のように低価格で自動車の普及を図るという単純な社会情勢ではない。むしろエコ、あるいは排気ガス性能など難しい課題を背負っている。しかしアルトは、それらに対して実に実直に立ち向かっている。
 
 性能面では、昨年RJCカーオブザイヤーを受賞したワゴンRの血統を感じる。路面に着実に食いつく安心感のある足まわり、副変速機を追加した効果がよく活きている低速で粘りのあるエンジン。軽自動車としての十分満足のいく性能と抑えられた価格のバランスがワゴンR同様、個人的には実によくとれていると感じる。
 
 感覚的な感想は、個人差があるのであまり書くつもりはない。しかし、メーターのデザインにスズキのアルトにかける真面目な姿勢を感じるので、これだけは書いておきたい。
 
速度計の右に燃料計、左にギアポジション表示がある。それぞれ同じサイズの円形だ。注目したのは、その円の中に納められた警告灯類の整理の仕方だ。燃料計のほうには、水温やオイルなど、エンジンに関連した警告灯、左のギアポジション表示のまわりには、ブレーキやライトなどの警告灯と、スジの通ったまとめられ方がなされているのだ。うっかりすると、警告灯類はいわば支離滅裂な配置になっているクルマもなしとしない。このメーターのデザインだけを見ても、スズキの“アルトを日常の足として安心して永くユーザーに使ってもらいたい”、というメッセージが伝わってくる気がする。
 
 蛇足ながら、昨今は“エコエコ、エコにはハイブリッドや電気”という風潮が世の中に蔓延している。しかし、エコへのアプローチは、こんな考え方だけでなく、小さな、つまりマスの小さな自動車を最大限効率よく走らせるという方策ももっと見直されてよいのではないか。○○でかい=重厚長大型のクルマをハイブリッドにしてエコでござい、というのも、どこか滑稽な気がするのは小生ひとりだけだろうか。アルトのステアリングを握ると、そんな思いにかられるのだ。
 


最終更新日:2010/1