「情けは人のためならず」は自動車社会において成り立つか?

丸茂 喜高

「情けは人のためならず」・・・誤用の代表例として取り上げられて久しいが,人に情けをかけると,巡り巡って自分に報いが訪れるという意である.身の回りで実感することがあるかどうかは個人の考え方にもよるが,はたして自動車の運転場面においてはいかがであろうか.例えば,道路上になかなか合流できない車を優先してあげるとか,困っていそうな車を見かけたときに情けをかけるような振る舞いを行うと,巡り巡って自分の車の利益になるのかどうか.世知辛い世の中で,人に親切にしても自分には恩恵を受けないとか,意見が分かれそうなところでもある.

困っている車の例として,片側一車線の交差点で,交通量が多い割に右折車専用レーンがない場合には,右折車の後部に長蛇の列ができることがある.このような状況では,右折できない車ばかりか,その後ろで待たされる車全体が困ってしまう.この際,対向車線を走っていて,この右折車と対面するあなたは,はたして譲ってあげるだろうか?当然,自分の車線がある程度流れていて速度が出ている場合には,無理に譲ろうとして減速すると危険な状況にもなりかねない.しかし,このように対向車線が渋滞していると,こちら側も渋滞しているケースが多い(この原因は,それぞれの車線にある程度の割合で右折車がいることによる).そうであれば,先行車との車間距離を少し空けて対向右折車を譲ったとしても,さほど自分には影響はないのではないだろうか.

このような事例に対して,実際の交通量の調査や,その結果に基づいた交通流シミュレーションを行い,譲る車両の割合が交通流に及ぼす影響について検討した.結論から言うと,譲る側の車線もある程度滞っている場合には,対向右折車を優先することで,自分の車線側があまり損(旅行時間の増加)をすることなく,対向車線側の交通流が改善する結果が得られた.さらに,物理的に右折車専用レーンを設けた場合との比較を行ったところ,専用レーンを設けなくても,優先行動を行うことで同等の効果が得られることも確認されている.このことは,前述の理由により渋滞が慢性化しているような場合,土地などの制約から専用レーンを設けるのが困難であっても,人間の運転行動次第で交通流を改善できることを示唆している.

バスの運転手などの職業ドライバは,このことを直観的にわかっているせいか(または事業所内の指導があるのか),忠実に対向右折車を譲っているようである.このことが一般ドライバにも広く認知されれば,世の中の渋滞のいくつかは減らせるはずである.ただし,このように渋滞がひどい交差点にさしかかると,そこに至るまでに散々待たされていたせいか,少しでも早く通過しようとするのも,一般ドライバの心情である.それを少し我慢して人に情けをかければ,きっと自分に恩恵がまわってくるであろう.
(2014年8月)
<参考文献>
1.丸茂喜高、鈴木宏典、片山硬:対向右折車への優先行動が交通流へ及ぼす影響、計測自動制御学会論文集、Vol.48、No.10、pp.614-621 (2012)
2.鈴木宏典、丸茂喜高、片山硬:対向右折車優先行動と右折専用車線設置が交通流に与える効果の比較、日本機械学会論文集C編、Vol.78、No.794、pp.3343-3352 (2012)


最終更新日:2014/09/13