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日本でのルノー車販売のベストセラーはカングーだった。ところが、2015年、この順位が変わった。この年1679台も売れたカングーに代わってトップに立ったのはルーテシアである。といってもこれはとくに不思議なことではない。いくらヨーロッパでのナンバーワン商用車だとはいえ、ルドスパス(遊びの空間)と呼ばれるカングーのようなモデルがトップセールスを続けること自体が珍しいのだ。
で、今後はカングーがルーテシアなどの後塵を拝するようになるのかと思いきや、これがどうもそうではないらしい。
「おそらく、今年の販売台数はカングーがトップの座に戻るでしょうね」ルノーは言う。その根拠が、この7月に追加された1.2リッターターボエンジンとEDC(エフィシェント・デュアル・クラッチ)を搭載したゼンと、同じエンジンを積む6MTのアクティフの存在である。「ゼン」は日本語の禅に起因する呼称でルノーのなかでは中間グレードに用いられる。
話はとぶ。一昔前のルノー車のネーミングは数字が多かった。たとえば21(バンティアン)、19(ディズヌフ)というように。80年代以降は数字ではなくて具体的車名が付ようになった。どうして決めているのだろう。ずっと疑問だった。
「いろいろ候補車名を出して、役員会にかけて決めます」。このあたりは日本メーカーと同じようなものだ。では「カングー」はどういう意味なのか? 「とくに意味はありません」。どこかでカンガルーという意味だと聞いたことがあるような気がするけど。「そういう意味はありません」。フランス語でカンガルーは? 「う〜ん、わかりません」。ここで試乗会に同席していたフランス人が助け舟。「たまたまですけど、フランス語のカンガルーはカングーに近い音です」。
そこそこパワフルでユッタリ乗れる貴重なクルマ
ルノー車の販売は好調である。昨年は5000台を超えた。絶対数はけっして多くはないが、前年比だと9%のアップだ。振り返って2009年の販売台数を見ると約1700台。そのうちカングーは1000台を占めていたというから、驚嘆に値する。最初は参加車200台程度だったカングージャンボリー(5月)も4000台を数えるまでに成長した。
そのカングーに加わったのが上記の2モデルだ。ゼンというグレードは従来からあった。1.2リッターターボ(115馬力)の6速MTと1.6リッター(105馬力)の4速ATがそうだ。今回加わったゼンEDC(259万円)は1.2リッターにもATを(正確には違うがAT免許で乗れる)という要望にこたえるもの。アクティフ(235万円)は従来のゼンより12万円安い廉価モデルだ。
試乗は山中湖周辺。商用車としてではなくファミリーカーとしてカングーを選ぶ人にとってはピッタリのロケーションだ。駐車場に並んでいるカングーを見る。あの独特なスタイルと派手なボディカラー。それに接するだけで、闘争心が姿を消す。「2番ではいけないんですか?」と言った大臣がいたが、そう、何でもかんでも速さを求める必要はない。
カングーそのものが変わったわけではないから、取り立て言及すべき装備はない。それでも、1.8mを超える全高、左右でサイズの異なるダブルバックドア、そして広々した室内などは一般の乗用車とは違う生活を彷彿させる。やや高目で広い視界も気持ちいい。それだけで気分が楽しくなる。
通常走行には必要十分なパワーと発生回転数が低い(2000回転以下)トルク。運転はしやすい。ゲトラグ製のEDCは想像以上にスムーズで変速ショックは少ない。アクセルペダルを深く踏み込んだ時のキックダウンの反応も素早い。これまでのATは4速だったから、6速というのはありがたい。ノイズの面でも燃費の点でも有利に働く。つまり、静かで、少食で、滑らかだ。
ステアリングはわりと軽め。乗り心地もいい。コーナーでロールはするが、これも過度ではない。そうは言っても不満を感じた個所がないわけではない。それはコーナー手前で減速して再加速しようとする際に再加速するまで時間がかかること。カングーの運転はできるだけ一定速度を保った方がいい。あと、このボディだから風の強い高速道路はあまり得意じゃない。そこそこパワフルでユッタリ乗れる、カングーはそういう貴重なクルマなのである。
報告:神谷龍彦
撮影:佐久間健