ホンダ・クラリティ・フューエル セル

世界初! ボンネット内にパワートレインを搭載


ホンダはかねてから「FCX clarity」に替わる新しい燃料電池車を2015年度中に投入すると表明、トヨタのMIRAIが発売になった2014年12月には、それに合わせて「clarity CONCEPT」の概要を発表していた。その実車である「clarity FUEL CELL(クラリティ フューエル セル)」がついに2016年3月10日に発表発売になった。ただし当面は官公庁などを対象にしたリース販売で、個人ユーザーへの販売は1年半後になるという。トヨタの燃料電池車「MIRAI」より1年3カ月ほど後の発表発売だが、新しいclarityはどのような特徴を持っているのか、MIRAIとの比較も交えて見てみよう。
 clarity FUEL CELLの大きな特徴は燃料電池システムの小型化により、世界で初めてボンネット内にそれを収めたことだ。これにより室内空間を広く取ることを可能とし、MIRAIの4人乗りに対し5人乗りとしている。FCスタックはMIRAIがそうであるように床下に配置するのが普通である。従来のFCX clarityは床下とは少し異なるが、燃料電池(FC)スタックを縦型に作ってセンタートンネルの位置に納める独特の搭載方法を取っていた。これも室内空間を広く取ることを考えたもので、ホンダはこのことに注力していたことが分かる。

FCスタックをいかにして小型化したか


 FCスタックは電解質膜を電極が挟んだMEA(膜・電極接合体)を、さらにセパレーターで挟んだものが1つのセルになり、これを積層したものである。積層するのはEV用の電池などと同様、直列につなぐことで高電圧を得るためだ。ホンダの工夫はこのセルの厚さを薄くしたこと、また枚数を減らしたことにある。これによるFCスタックの寸法は従来比で、33%の小型を達成している。
 セルの厚さを薄くする手法のポイントは、セパレーター外側の冷却水路を片側のみにしたことである。したがって1枚のセルは図のように片側はセパレーターの外側に水路を持つが、反対側の面は水路を持たずに別のセルと背中合わせに接する。これにより厚みは20%減少したという。
 セルの中のガスの流れ方も変えられた。従来のセルでは長方形を縦に置き、右上から左下へ、左上から右下へと水素と空気を下方に(V字フロー)流れるものだった。セルで難しいのは酸素極の反応により生成される水。これをうまく排除しないと反応の効率が落ちる。従来は主に水が重力により下方に下がる方式だったが、新しいスタックでは長方形のセルは普通の横置きにされたので、どちらかといえば横に流れる。生成される水はある程度膜に湿り気を与えながらも空気の圧力で排出される。このとき結露(液体)しないように水蒸気(気体)のまま排出されるようにしているという。なお、MIRAIでは膜のための加湿器を排除したが、clarity FUEL CELLでは小さくはしたが使用している。
 もうひとつの小型化の技術がセルの枚数の30%削減。従来セル枚数は公表されていなかったが、358枚という。なお、枚数は少なくなったが、1セル当たりの出力は従来比1.5倍に高まり、MIRAIのそれとほぼ同等になっている。ちなみにMIRAIのセル枚数は370枚とやや多く、FCスタックの最高出力もclarityの103kWより11kW大きい。ただし燃料電池車の動力性能は、スタックの出力が直接動力に現れるのではなく、2次バッテリーの電力が加わるので、モーターの性能による。そこでモーターのほうを見るとclarityのモーターの最高出力は130kWでMIRAIより17kW大きいが、最大トルクではclarityの300NmよりMIRAIのほうが35Nm大きい。結局モーターに特性の違いがあるが、両車に大きな差はないように見える。
 なお、MIRAIのバッテリーがニッケル水素なのに対しclarityはリチウムイオンを採用しているので、その点では有利。大きな動力性能を要求されたときに大きな容量のバッテリーのほうが当然余力を発揮できる。

1充填の航続距離は750kmとFCVで最長


 水素タンクは圧力70MPaのタンクを2つに分けて搭載している。合計141Lで、MIRAIより18.6L大きい。そのため航続距離もMIRAIの650kmに対しclarityは750kmとFCVとして世界最長の航続距離を持つ。満充填は3分程度とガソリンと同等だ。
 車体は当然専用設計で、水素タンクやバッテリーを守る意味からも衝突安全を考えたものになっている。また、衝突軽減ブレーキをはじめとした運転支援システム「Honda SENSING」を搭載している。価格は766万円で、MIRAIの723万6千円より40万円強高い設定になっている。
 なお、車両とともに、可搬型外部給電器「Power Exporter 9000」をも同時発表された。これはclarity FUEL CELLの発電電力を、交流100・200Vで家庭や屋外での活動に供給するもの。定格出力は9kWでおよそ一般家庭の7日分の電力をまかなえるという。この装置により燃料電池車は不意の災害時に役立つという有用性を備えている。

空力も充分に考慮されたCLARITY FUEL CELLのエクステリア。価格は766万円であり、上質な仕上げになっている。MIRAI(723万6000円)より少し高価だが、MIRAIが4人乗りに対して5人乗り。

パワートレイン。FCスタックは中段で、上段にパワーコントロールユニット、下段にモーターが配置されている。(見えている部分はインバーター等でモーターはその後ろのドライイブシャフトと同軸にある)

従来のFCスタックは縦型だったが、通常の横型に。セルの厚みを20%薄くするとともに、枚数を30%減らし358枚としたことで33%の小型化を達成。ボンネット内にパワーユニットを収めることができた。

FCスタックのセル構造1。MEA(膜・電極接合体)をセパレーターが挟み、その間を片側は水素、反対側は空気が流れる。セパレーターの外側を冷媒(水)が流れるが、セル2つに対して1つの水路で対応。

FCスタックのセル構造2.上段のMEAのセパレーターの外側には本来冷媒が流れるところ、下段のMEAの水素極が背中合わせに来ており、冷却水路を省いている。その分薄型化されている。

カットモデル。パワーユニットがボンネット内に収まっているのが分かる。水素タンクは大小2つに分けて後部に搭載している。位置はどちらも低い。居住性に優れる。

インテリアは思いのほかすっきりしている。しかしエクステリア同様、その質感は高い。これが先進の室内の傾向か。トランクはまずまず容量。9.5型のゴルフバッグが3個収納できる。

セパレーター+酸素極+電解質膜+水素極などからなるセルをまとめた燃料電池スタックの小型化でボンネット内に収めたが、さすがにぎっしり。

報告:飯塚昭三
写真:本田技研工業/正岡貞雄


最終更新日:2016/03/13